新規クリニック開設に挑む――困難を乗り越え、成功へ
今回は、東京ミッドタウンクリニックなどの開設経験をもとに、新規クリニック立ち上げに伴う課題と、それを乗り越えるための道筋についてお話しします。
新規クリニック開設の壁
新規クリニック立ち上げの困難の一つに、企業との健康診断受託契約の獲得に関する構造的な問題があります。私たちが東京ミッドタウンクリニックを開設した当初、3年間で累計20億円の赤字を計上しました。1年目5億円、2年目10億円、3年目に再び5億円という状況でした。
私たちのように健康診断や人間ドックを中心とするクリニックでは、健康保険組合や企業との契約が収益の要となります。しかし、これらの組織は新設クリニックとの契約を避ける傾向があります。理由は単純で、既存の医療機関との関係維持の方が事務処理上楽だからです。契約先が増えるということは、それだけ手続きが複雑になり、人事部や健康管理に携わる部門の負担が増加するのです。
さらに、クリニックが完成する前に契約を行う企業はほとんどありません。つまり、どれだけ事前に営業活動を展開しても、実際にクリニックが稼働し、その実績を目にするまでは契約の獲得は困難だということです。一方で、内装工事、医療機器の導入、スタッフの確保など、開業前から多額の先行投資が必要となります。この構造的なタイムラグが、結果として大きな赤字を生み出す要因となるのです。
施設設備が生んだ集客力
新規クリニックの成功には、立地と設備がきわめて重要です。進興会のセラヴィ新橋クリニックが新築の施設に移転した際、高級ゴルフ場に倣ったロッカー設備や女性に配慮したパウダールーム、男女別動線などを整備し、大きな人気を集めました。広々とした上質でリッチな空間と充実した設備を提供したことで、患者満足度は劇的に向上したのです。
新しいクリニックは、その魅力によって既存の医療機関から患者が流れてくるほどの集客力を持つこともあります。設備投資は決して無駄ではなく、患者獲得の重要な要素なのです。一方で、周辺に新規クリニックが開業すれば強力な競合になるのは言うまでもありません。
人的課題の克服
東京ミッドタウンクリニックのケースでは、財務的困難以上に深刻だったのが人的課題でした。オープニングスタッフ150~200名全員が「初めまして」の関係でスタートしたため、組織に納得感のある序列が存在せず、やがてスタッフ間での対立も目立つようになりました。
結果として半数以上のスタッフが離職しましたが、残ったスタッフは困難な状況下でも職場に留まり、現在も活躍する貴重な人材となっています。また、2年目以降は企業契約獲得が急速に改善し、27ヶ月目に単月黒字を達成。業績向上を肌で感じることで、残ったスタッフのモチベーションも回復しました。
この経験から得た最も重要な教訓は、新規事業立ち上げにおけるチーム形成の重要性です。現在では、新規クリニックを開設する際、オープニングスタッフの約半数を既存施設からの経験者で構成するようにしています。
また、透明性のある情報共有の重要性も学びました。黒字化達成後には社内報を発行し、業績情報を全スタッフと共有する体制を整えました。
継続的成長への新たな課題
現在、私たちが直面している課題は、成功による安定化がもたらす新たな問題です。業績が順調な今、「忙しいのにこれ以上患者を増やすのか」という声が再び聞こえ始めています。
成功した組織ほど、現状に甘んじてしまうという落とし穴があります。しかし、医療業界は常に変化しており、近隣に新しい医療機関が開設される可能性は常に存在します。今後も新規クリニック開設が続きますが、困難な状況こそが真の成長機会であるということを忘れず、組織一丸となって継続的な成長と改善を通じ、競争力をさらに高めていく所存です。